霊界では大騒ぎの霊界施餓鬼

今日は彼岸の中日、秋分の日です。

 

今日も6霊のご先祖様の特別霊界施餓鬼一粒萬福法要を、

厳修させていただきました。

 

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供養の始まる前から本日供養を受けられるご先祖様だけではなく、

そのご先祖様に有縁の霊も沢山お越しになられていました。

 

しかし、集まられた霊の中には物見遊山で来られている霊も居ており、

山主の説法を真摯に聞かれる霊もあれば

山主の説法を「そんなことあるか!」と疑われる霊もいました。

 

その霊は、山主に「好きなようにしなさい」と突き放され、

一時は本堂からいなくなりましたが、最後には、

また、舞い戻ってきたそうです。

 

死んでなお、死後の世界がないと霊界の存在を認めていない為に

自分で作った妄想の世界から抜け出せず、

また、墓という帰る場所、仏壇もなく

ずっとこの世で漂っている霊(幽霊)もいるのです。

 

これを「自業自得」というのです。

 

生きている人間でもそうですが、

「見えないものは信じない。目で見て確認できることしか信じられない。」

 
人は、「目で見えるもの」にとらわれがちです。
 
ある方は言われています

「目に見えるもの」だけを信じていると、人生のどこかで立ち行かなくなる時がある。

この宇宙にあることはほとんど解明されていないし、人間の目で見ることも出来ないものがほとんどだ」と、

 

人は太古の昔、見えないものを見る能力を持っていました。

しかし、段々とその応力を衰えさせてしまいました。

それが現代のしきたりとして残っているのです。

 

山主は長い修行でその能力を目覚めさせ、

生きている者の為、死んでいる者の為に

その霊力を惜しみなく活用しております。

 

ご供養をすると、

施主様のご先祖がどのような状況にあるのかがわかるのです。

 

今日のご供養では供養を受けられたご先祖様が霊界に帰られる前から

大勢の取り巻きに囲まれ大歓声で霊界に帰っていかれました。

 

この功徳が施主様には、大きな陰徳になって還っていくのです。

有難いことですね。